通信分野ではスマホや無線LANなどの普及によって、ケーブルで配線するという場面が減って来ました。一方、電力は未だケーブルで繋ぐのが一般的です。しかし、最近ではSuicaなどのICカードやスマホにおいて無線給電が実用化され、当たり前のように使われています。むしろ当たり前すぎて、無線給電が使われているなんて、知らない人の方が多いのではないでしょうか。
ただし、電気自動車(EV)などへの大電力の給電については、未だ太いケーブルに頼っているのが現状です。ところがそれを無線で、しかも走りながらでも行なってしまおうというアプローチが提案されていて注目を集めています。通信に加え、最後に残された有線とも言うべき電力も無線で自在に繋ぐことができれば、これまでとは全く違う新しい社会が実現できるのではないでしょうか。
主催したのは応用物理学会・微小光学研究会。144回目を迎える今回の微小光学研究会のタイトルはズバリ「無線給電に光の出番はあるか」。この刺激的なテーマに興味を持つ人は非常に多く、参加者は優に180名を超えました。
電磁誘導やマイクロ波などに光無線給電が加わることで、無線給電の適用範囲はさらに拡がると期待されています。今回のプログラムは以下の通り、ざっと見て前半が研究開発の進む無線給電技術の経緯・動向について、後半が光を用いた無線給電で、光の出番を模索するといった構成になっていました。
・開会のあいさつ:中島啓幾氏(早大)
・無線化社会を拡げる光無線給電:宮本智之氏(東工大)
・無線給電特許へ光の出番:横森清氏(JST)
・特別講演 宇宙太陽光発電とワイヤレス給電:松本紘氏(理研)
・小形機器向けMHz帯磁界結合ワイヤレス給電技術:細谷達也氏(村田製作所)
・EV用ワイヤレス電力伝送技術の最新動向:高橋俊輔氏(早大)
・KTN結晶を用いた光ビームスキャナーとその光無線給電応用の可能性:藤浦和夫氏(NTT-AT)
・光無線給電用の太陽電池には何が必要か:宮島晋介氏(東工大)
・太陽光励起レーザー/単色光型太陽電池結合発電と自動車へのレーザー給電の可能性:伊藤博氏(名大)
・光無線給電によるナノレーザーとバイオセンサ応用:馬場俊彦氏(横浜国大)
・宇宙太陽光発電におけるレーザー無線電力伝送技術:鈴木拓明氏(JAXA)
・閉会の挨拶:横森清氏(JST)
丸一日かけた講演すべてをここで紹介するとかなりの長文になってしまいますので、私の独断と偏見で印象に残った講演を二つだけ紹介することをお許し願いたいと思います。
今回の企画は、東工大の宮本氏が中心になってコーディネイトされたもの。その宮本氏は、トップバッターとして全体を俯瞰する講演を行ないました。宮本氏は、無線化社会への期待と無線給電の現状を述べるとともに、光無線給電の優位性と技術課題を考察、その事例を紹介しながら、光無線給電は新しいサービスや新しい産業を創出するポテンシャルを有していると述べました。しかしながら課題もあります。光無線給電はサイズ・伝送距離に優位性はあるものの、レーザー光源や太陽電池のより一層の効率向上が必要であり、かつ安全対策も重要な課題の一つだと指摘しました。現実的には、技術要素はあるもののその取り組みは未だごく僅かだとのことです。今後、光無線給電と既存の方式を組み合わせて、新しい機器・サービス・インフラ開拓などにより真の無線社会の創出を期待すると抱負を述べました。
特別講演を行なった理研の松本氏の講演内容は、宇宙太陽光発電(SPS)の必要性を文明論を絡めながら説く、大変スケールの大きなものとなりました。松本氏は、エネルギー資源や鉱山資源の残余年数と人口爆発に関するデータを示しながら、地球型文明と人類は危機に瀕していると指摘します。そして「我々は生き残れるのか」と問いかけます。
解決策として、地球の50万倍もの資源と広大な空間を有する宇宙空間の利用、そのための宇宙開拓を提唱します。そして、当面の1000年は太陽系を開拓すべきだと述べました。ご自身は若い頃に「太陽系を食べたい」というちょっと変わったキャッチコピーを標榜していたそうですが、それを示しながら早急にSPSに取り組むべきだと述べていました。
松本氏は、マイクロ波伝送を用いたSPS実現に向けた技術的課題を、1万トンに及ぶ宇宙システムと数10億個の素子が必要な宇宙空間に浮かぶ直径数kmの送電アンテナや地上の受電アンテナを如何に作るかだとしました。さらに、自身のマイクロ波伝送研究も振り返りながら、我が国の宇宙基本計画やエネルギー基本計画におけるSPSの位置付けが最近、若干後退しているのではないかとの印象も述べていました。
松本氏は講演の最後で、人類の生き残りのためには欲望の暴走を抑えなければならないとして「科学技術」と「こころ・精神文化」の調和が必要だと警鐘を鳴らしました。そして、これからは統合の科学が必要であり、それには「日本的調和のこころ」と「東洋的共存の哲学」が重要になるとも述べました。
さらには、21世紀の方向性は「単純から複雑へ」、「平衡から非平衡へ」、「要素からシステムへ」、「西洋から東洋へ」、「地球から太陽系へ」移っていくと指摘。最後に「未来は、予測するものではなく、自分たちで設計し、創るもの」であると強く述べ「百聞は一見に如かず」という諺に掛けて「百考は一践に如かず」という言葉で講演を締め括りました。
前述の宮本氏は、光無線給電に関する人や情報の集まる場を準備し、社会への浸透とそれによる社会・経済の変革に向けた枠組み作りをサポートするため「光無線給電検討会」を立ち上げ、2016年1月の第1回以来、これまでに11回の検討会を開催するなど、積極的に活動を続けてきました。7月初旬にも次の検討会の開催を予定しているそうですので、興味のある方は、事務局 tmiyamot@pi.titech.ac.jp まで、ぜひ連絡をしてみては如何でしょう。
会場で配布された微小光学研究会機関誌の巻頭言の文末には、こう記されていました。「今は普通にある機器から伸びる『尻尾』を、「これはいったいなんだ」と若者に思われる世の中の到来を楽しみにしたい」と。
次回・微小光学研究会は9月26日(火)、東京大学・先端科学技術研究センターにおいて「今が旬のスマートセンシング・イメージング(仮)」をテーマに開催される予定です。
編集顧問:川尻多加志