エレクトロニクスの夜明け

記念祝賀会風景

記念祝賀会風景

 東京工業大学・栄誉教授の末松安晴先生の日本国際賞受賞のニュースは、今年1月30日の当ブログでも紹介させていただきましたが、その記念講演会「エレクトロニクスの夜明け」が6月9日(月)、東京商工会議所ビル・東商ホールで開催されました。

 ブログと重複しますが、末松先生の受賞は「大容量長距離光ファイバー通信用半導体レーザーの先導的研究」が、インターネットを始めとする情報ネットワークを支える大容量長距離光ファイバー通信に道を拓いたとして、その功績が認められたもの。

 当日は400名は超えると思われる数多くの光エレクトロニクス分野を中心とした関係者が出席、講演では末松先生を含め、エレクトロニクスの発展に大きく貢献された五人の先駆者の方々が登壇、その研究の歴史と将来展望を語られました。一部ではありますが、個人的に印象に残った内容をレポートします。

 講演会は、伊賀健一・東京工業大学名誉教授の総合司会のもと、三島良直・東京工業大学学長の挨拶で始まりました。招待講演のトップバッターは霜田光一・東京大学名誉教授です。「量子エレクトロニクスの夜明け」と題して、エレクトロニクスの夜明け前から量子エレクトロニクスの起源、誘導放出と反転分布、メーザおよびレーザの発明、さらには量子エレクトロニクスの今後の発展を、レーザ発明の時の秘話などを交えながら、連続的な視点を持って解説されました。

 その次は、岩崎俊一・東北工業大学理事長による「垂直記録:大容量ストレージと文明」。先生の垂直磁気記録は発表当初から大きく注目され、一般の新聞から科学雑誌に至るまで様々取り上げられましたが、危機感を持った米国は、この新技術を知るために日本語の学会誌の英訳版を発行するようになったそうです。それは米国が喧伝した日本の基礎研究ただ乗り批判に対する、日本からの強烈な返礼でもありました。講演の結びとしての「科学技術の目標は新しい文明を築く事にあるという事を強く意識すべきだ」という言葉には重いものがあります。

 三番目は、1973年のノーベル物理学賞受賞者である江崎玲於奈・横浜薬科大学学長による「新しい世界を開くリサーチフロンティア」。死者10万人に及んだ東京大空襲の翌朝8時、東京大学では何事もなかったかのように、物理実験に関する講義が行なわれていました。先生はその姿を見て、アカデミズムの凄みを感じたそうです。また「真空管をいくら改良してもトランジスタは生まれてこない」や「チャンスの女神は準備をしている人間にやって来る」といった言葉も印象的でした。13才から19才までのティーンズに対する教育の重要性も指摘されていました。

 招待講演としての最後は、長尾真・京都大学名誉教授の「社会基盤としての情報学」。長尾先生は郵便番号の読み取りなどの文字認識、人の顔の解析認識といった画像処理、科技庁プロジェクトでの日英機械翻訳、言語情報処理、電子図書館の研究開発を行なってきました。今後の重要な課題として、ネット上で次々作られる情報を、どのように組織化すれば有用な情報を取り出し利用できるようになるかという事と、人とロボットなどのシステムや機械と機械、機械とシステムがお互いに対話して、目的を達成できるようになる事を挙げられていました。多言語翻訳によって、世界中の人々が相互理解し、諍いや戦争のない社会の実現に貢献したいとの言葉は、世界中で紛争が多発する今の時代、大きな意味を持つと感じました。

 そして、最後が末松先生の記念講演「半導体レーザ:光ファイバ通信システムへの道」です。先生は1974年、位相シフトを有する周期的構造を用いた反射器を半導体レーザーに集積化することを提案、高速変調時に発振波長が安定する動的単一モードレーザーの概念へと発展させるとともに、光ファイバー損失が最小となる1.5μm帯のInGaAsPレーザーの室温連続発振を実現、1981年これらの技術を組み合わせ位相シフトを有する反射器を集積化したInGaAsPレーザーの1.5μm帯室温連続発振に成功して、動的単一モード動作を世界で初めて実証されました。日本国際賞の受賞理由です。
 今回の講演では、大容量長距離光ファイバ通信実現のために(1)長波長性、(2)単一波長性(単一モード性)、(3)波長可変性の三つの要件を同時に備えた半導体レーザの開発の前に立ち塞がる数々の課題を如何にクリアして行ったかを語られました。ご自身の信条である「この世にないものを創る」事と「原理を明らかにする」事は、今こそ大切にしなければならない姿勢だという印象を強く受けました。

 もう一つ、驚いたのが各講演に一人ずつ付いた司会者の方々の顔ぶれです。神谷武志・東京大学名誉教授、大野英男・東北大学電気通信研究所所長、榊裕之・豊田工業大学学長、酒井善則・電子情報通信学会会長、さらに2000年のノーベル化学賞受賞者の白川英樹・筑波大学名誉教授といった豪華な面々、流石と言うしかありません。
 最後に、講演会終了後は場所を東京會舘9階のローズルームに移して、記念祝賀会が盛大に行なわれた事を付け加えておきます。

 なお、末松先生の詳しい業績については、私がインタビューをさせていただいた記事がオプトロニクス5月号に掲載されていますので、宜しければお読みになってください。

編集顧問:川尻多加志

 

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